クロイツェル・ソナタ その7
――明後日は選択している授業が午前だけで終わるからなぁ・・・・・・暇になる午後が狙い目だ!
そんなことを考えた彼女はその日の午後を有効活用すべく、予め屋敷から迎えの車を学校に回してもらうよう手配をした。そしてそんな手筈と一緒に、忠実な執事に当主の身柄確保と言う難問を依頼したのだった。
その日、手筈通りスムーズに自分の屋敷に到着した彼女だったが、何故かどこにも父親の姿はない。
ヘルシング家の当主を――自分の父親を、その日その時間、屋敷から出さないよう執事に依頼していた筈だったのだが・・・・・・
が、しかし。彼女が屋敷に着くと、執務室にも書斎にも居間にもお目当ての人物の姿はなかった。
外出の予定も来客のアポイントも断って、お嬢さまのために主人をこの屋敷に留めておきます――ウォルターはそう約束してくれたのだったが、その請け負ってくれた忠実な老執事の姿さえも見当たらないのだ。
「――何処に行ったんだ、二人とも。お父様はいざ知らず、ウォルターの姿もないなんて・・・・・・」
ぶつぶつと呟き、父親と執事の姿を探して自分の屋敷の中をうろうろとしていた彼女だったが、そんな彼女の姿を探していたらしい使用人が、間もなくインテグラの側に駆け寄ってきたのだった。
「インテグラお嬢さま、裏手の駐車スペースにお越し下さい。」
ウォルターからの伝言を預かってきた使用人は、インテグラを早く早くとエントランスとは反対側の裏手の駐車スペースに行くように急き立てる。
そして彼女は、当主が車の乗り降りに普段使うことがないエントランスとは反対側のスペース、ヘルシング家を訪れるのに人目を憚る来客のために設えた裏手の駐車場で、お目当ての人物と忠実な老執事をようやく見つけたのだった。
それは今まさに車に乗って――運転席に自ら座って自らハンドルを握って出かけようとする強引な父親と、それをさらに強引に阻止している老執事が揉めている場面であった。
ハンドルを奪い合うように年甲斐もなく押し問答している父親と執事の姿に、インテグラの眼鏡の奥の青の瞳が細められる。
「―――自らハンドルを握ってまで、どこへお出かけするつもりなのですか?お父様」
自分の父親の姿に半ば呆れたインテグラは冷え切った声を出した。
聴こえた娘の冷えた声にびくりと肩を竦めた、豪胆・剛毅・勇猛と称されるヘルシング家の当主は、深く溜息をつくと執事から奪い返したハンドルから手を離し、ばつが悪そうな顔で声の主の方にゆっくりと振り返る。
それとは反対に執事は安堵の表情を作ってインテグラを振り返り、ほっと胸を撫で下ろした。
青の瞳を細めて仁王立ちになって腕を組んで立つインテグラを見たヘルシング家の当主の顔は、まるで悪戯の現場を見咎められた、悪戯っ子顔そのものだった。
あるいは・・・・・・今、浮気しようとしていた現場を妻から見咎められた男のような情けなさ・・・・・・と言ってもいいだろう。
――警察からも軍からも一目置かれるいい歳をした男が、こんな顔をして・・・・・・全く男と云うものは
父のそんな姿に思わず笑いを噴出させてしまいそうになったインテグラだったが、ここでプハハッと笑って和やかな雰囲気をかもし出す訳には行かないのだ。
今、甘い顔を見せるわけには行かない――そう心を鬼にしたインテグラは、わざと唇を引き結んで怒ったような表情を作る。
そして、「お父様、お話があります。少々、私のためにお時間を下さい」と、拒否の返事なぞはなから聞く気がない強い口調で言うと、「ハア~~~っ」と盛大な溜息を零したアーサー・ヘルシングを騎士の如く従えて、父の書斎へ引き上げるのだった。
「次が見つかるまでの代役・・・・・・と言う事でしたよね、お父様。」
「一向にその『代役』が見つからない上、むしろ探す気がないのでは?と思えてしまうのですけれど」
そんなことを淡々と自分の父親に言い募った後、インテグラは「一体どうなっているのですか?私はいつまで男のふりをして、あの店で人脈を構築し、観察力と洞察力を身につければいいと言うんでしょう?」と突き刺さるような冷たい物言いをした。
怒っているらしいインテグラの追及に、腹を括ったらしいアーサーが「実はだな、インテグラ・・・・・・」と語った内容は、彼女には全くの寝耳に水だった。
店で働く男が消えるのだ。忽然と。まあ、そう言うことは世の中にあっても可笑しくないが、アイツが絶対に臭い――とそう言うのだ。
そんなことを言いながら、ヘルシングの総帥は以前より心持ちこけた頬に皮肉な微笑を浮かべた。
アイツ――というのは、恐らくあの店のオーナーのことだろう。アーサーの昔馴染みの、インテグラも良く知るあの男だ。
一癖も二癖もある男を雇っているのは確かだが、仕事を投げ捨てて忽然と姿を消すような者を雇った覚えはないと、あの男が断言するんだ。であればだ、インテグラ。ヘルシングの管轄である可能性もなくはない。
消えるのはここ数年。毎年この季節なのだそうだ。物証は何ひとつないし、痕跡だってない。でも怪しい。怪しいんだ。あの男の話を聴いて、あの店を嗅ぎまわると、こう鼻の奥がムズムズする。何かこう癇にさわると言うか。
そんな事をインテグラに話して聞かせたアーサーは葉巻に手を伸ばしたが・・・・・・何故か躊躇すると、それを手にとるのは止め、手持ち無沙汰にペンを弄る。
「・・・・・・かと言って、あの店に職員を貼り付けておく訳にもいかん。第一、職員の多くは男性だ。ホストクラブの客として行くには無理がある。店の者として働かせればいいんじゃないか?とも思ったが、まぁ、適した人材が限られてて、そいつをそれに付きっきりと言うのは無理だ。」
ちょっと視線を葉巻に注いだが、それでもやはり葉巻を手に取るのは止めたヘルシングの総帥は、今度はペンをクルクルと回す。
「勘だ。胡散臭いんだ。私があの店で働いてもいいんだが、中々時間が割けないだろう?――――――だからだ。済まないが、その件が片付くまでの間・・・・・・いや、ケリがつくまで、もう少し勉学と夜の仕事を両立してくれ、我が娘。何せお前は――」
「ヘルシングの名を持つ女だろう?・・・・・・と、そう言いたいんですね。
何かを嗅ぎまわる態度があからさまでは、『敵』に気配を気取られる。だから教えるのは控えていたと?私はそんなに信用がありませんか?」
そう言って皮肉気に笑ったインテグラに、ヘルシング局長は申し訳なさそうな顔をする。
「そして、今回の状況を私に説明しなくても、あの店で何か胡散臭いものを見つければ、当然私がここに連絡を入れてくるだろう――と、そう踏んでた訳ですね。」
インテグラは申し訳なさそうな顔をして居る父親に、さらに追い討ちをかけるように冷たく言い募る。
何かあるのだろうとは思ってはいたが。やはり『何か』あったのだ。
それに――ここで「嫌です」と駄々をこねたら、恐らく・・・・・・この艶っぽい噂に事欠かない目の前のヘルシングの当主が、「なら、あの店で私が働くしかない!」と言い出しかねない。
この父親(ひと)はそう言う破天荒な人なのだ。
「了解しました。ですから絶対にあの店でお父様、貴方が『私が働こう!』と云うのはなしにしてください。」
そう釘を刺した娘に肩をすくめたヘルシングの当主は、「わかった。恩にきるよインテグラ」と頷く。
幾ら仕事熱心な父親でも不確かな情報で娘に学問と夜の労働の両立を強いるのは心苦しかったらしいが、こうやって娘に吐き出したら、多少は気持ちが楽になったらしい。
何しろ、この娘は自分の役割を心得ているのだ。特務機関の役割と、ヘルシングの人間の務めを。
事が上手く進んだのを見計らった執事が運んできたお茶に手を伸ばした頃には、アーサーの青白かった顔色に多少血の気が戻ってきたのだった。
そしてヘルシングの当主はお茶を啜りながら、愛娘に言わなくても判っているだろう注意事項を色々と述べる。
そこで一旦、言葉を切ったアーサーは、口元を少し厳しいものにして、インテグラに今後のことを少々付け足したのだった。
「あの店にはな、インテグラ。ヘルシングの息のかかったものが居るのだ。もし思いがけず捕り物になっても、お前が対化け物の矢面に立つことがないよう、よく言い含めてある。腕は立つから安心していい。だがな・・・・・・お前が自身がそいつを頼ることはちょいと出来ぬ事情なのだ。だからそれ以上詳しくは言わない。」
ヘルシングの息がかかった者。吸血鬼のような化け物を相手にしても、この当主をして「安心していい」と言わしめる存在。だったら何も心配することはなさそうなものなのに―――なのに、目の前に居る男性(ひと)は父親の顔ではなくヘルシング当主の顔つきで、苦虫を噛み潰したような苦悶を匂わせる口元を作っていた。
普段、愛しい娘には滅多に見せないような苦しさと厳しさを押し隠した顔つき。
それはこの当主とその者の間に言い尽くせぬ因縁めいたものを匂わせる顔に見えて、インテグラは自分の一族が背負っているらしい深い深い因業の一端を垣間見た気がした。
「今宵は一緒に食事をしよう。お前の好きなものをリクエストするといい。」
眉根を寄せて己の顔を見つめている娘の視線に気がついたヘルシング局長は、その顔を娘に愛を注ぐ父親の顔に変える。
以前より明らかに痩せて頬がこけた父の顔は、やはり血の気が乏しいようで、インテグラはその疲労が濃い顔に胸騒ぎを覚えたが、『お父様はお疲れなのだろう・・・・・・』と自分の不安を打ち消した。
「ええ、そうですね。では今夜は屋敷で一緒に食事をしましょう、お父様。」
インテグラはにっこりと娘らしい微笑を作ると、その晩は何ヶ月かぶりで親子水入らずの食事をしたのだった。
つづく
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書いてみたかった親子水入らずをパロディで。
あんな可愛い娘を残して死んだアーサーは、さぞかし無念だっただろうな・・・それも地下にあんな干物を残して(涙)と、思うわけであります。
もうチョイ「転」を書いたら、後は「結」に向けて風呂敷を締める作業であります。
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