ちょみっとリハビリ。
この間、BOSSが学会に行ったときの「プールで泳いだ」事件(?)をネタに。いや〜何でもネタになるワタクシって何なんだろう・・・?
「塵」行きと言うよりは、どちらかと言うとこれに艶話をプラスして小話にでも入れそうな内容です(笑)
※「ブルー・バー」で有名なホテルですが、ミシュランひとつ星のレストラン「ペトリュス」も抱えるこの「バークレーホテル」は100年ほど前にバークレー広場で開業したホテルです。
本当はアガサ・クリスティーの作品にも出てくる(ユーミンの「時のないホテル」でも使われてますが)ブラウンズ・ホテルを使おうとしましたが、残念ながらプールでバークレーに軍配があがり、こちらを使ってリハビリ話を書いて見ました。
バークレーホテル・
http://www.the-berkeley.co.uk/ 【Health&Beauty】に妄想の元となったプールがあります♪
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バークレーホテル
男は、いつもより遅く目を覚ましたが、棺の中でいくら探っても屋敷にあるはずの女主の気配が感じられない。
さては、我が主はどこぞへ外出中かと考え、漆黒の重い棺の蓋をいとも簡単に押し開けると、ゆるゆるとその緋色に彩られた上半身を其処から覗かせる。
男は暫く思案していた様子だったが、己に残された唯一の領土から優雅に立ち上がると、その身体を灯りなど全くない部屋の暗がりへと溶け込ませ、ウォルターが居る執務室の控えの部屋に姿をあらわしたのだった。
床から何の前触れもなくするすると姿を立ち上がらせた、緋色のコートに緋色の帽子、それに昼色のサングラスを見につけた巨躯を持つ化け物の男に、執務室の控えの部屋に来ていた部隊の男たちは顔を引きつらせる。
しかし、この男に小言を言ったり叱ったりと出来るのは、この屋敷の主のみ。
他の人間どもは怖れをなして怖気づき、カチコチと固まって礼を取ることしかできない。
「ウォルター、我が主の姿が見えんが?」
化け物の男は明瞭に用件だけを執事に問う。
「アーカード様、おはようございます。お嬢さまでしたら、今日は一日、私用でバークレーホテルでお出かけでございます。お戻りはディナーが過ぎた頃合かと思われます。」
何やら、部隊の指揮系統の男たちと話をしていた老執事は、部隊のものが居る手前、元同僚のゴミ処理屋の吸血鬼を「様」付けで呼び、主の外出を教えてくれた。
下僕の男は内心「主がホテルで一日を過ごす?それも私用とは何だ??」と訝しげに思ったのだが、自尊心が高く矜持も持ち合わせたこの高慢な下僕は、それ以上の質問を執事にすることはなかった。
この元ゴミ処理屋だった死神と呼ばれた自分を恐れない数少ない人間の男に、「そうか。」とだけ言うと、配給品である自分の餌を受け取るため、その部屋を来たときと同じように、するすると壁を潜り抜けて後にしたのだった。
女は珍しく上機嫌で、その夜、屋敷へと戻ってきた。
朝も早い時間から外出し、黄昏時が過ぎ去り、紫の刻に時が移り始めた頃にやっと戻ってきたのだ。
服装もジャケットにトゥラザースといういつもの姿ではあったが、それもいつもより華やかなもの。
無骨さは全くなく、女らしい華やかさが映えるウエストの引き締まった丈の短めのジャケットは女のバストの豊かさと、それに比例するような魅力的な腰つきを強調するものだった。
アプローチを登り、エントランスで出迎えた忠実な執事から、執務室に向かう道すがら、本日の報告を受ける。
事件もなく、出動の要請もない日が続いたヘルシング機関では、今のところ切羽詰ったような仕事もなく、ウォルターが用意していた書類を確認して三つばかりらサインをすると、急ぎの仕事はすべて片付いてしまう。
いつでも勤勉で真面目な女指揮官は、執事に留守中の対応を労うと、機嫌のよさそのままの満面の笑みでおやすみの挨拶をして執務室を後にした。
いつも氷の顔(かんばせ)と冷酷な指揮官の眼差しを持ってこの機関の長を務める女主の、あまりにも珍しい柔和な美しい笑顔は、長年仕える老執事をも蕩けさせるような絶大な威力を持った兵器に近いのものであった。
出動がない日が続き、闘争と血に飢えたまま暇を持て余していた下僕の男は、この屋敷の庭師が丹精込めて作り上げた美しいイングリッシュローズが咲き誇る温室に入り込み、その薔薇を弄んでは、花々の無残な絶叫を聞きつつカサカサと残酷に散らして無聊を慰めていたが、それに飽きると、幾分パブリックスペースな意味合いを持つ屋敷の図書室に入り込み、私室に併設される主の書斎とは全く異なった本の質を取り揃える本棚から、最近新たに加えられた本を吟味して手に取る。
供犠の外的暴力性と内的暴力性を示唆したその書物は、理性に制御されない暴力の発露を論じていて、気難しい男の興味を珍しく引くものであった。
自分が人間から供犠を受ける立場にあった伯爵と呼ばれた男は、人肉食いが神聖とされた時代と宗教があった太古の昔にあがめられた神への解説を面白く愉しく読みふける。
しかし突然、その書物を追っていた赤い瞳がすぼめられ、男が口の両端に笑みを作って顔を上げた。
「我が主がご帰還なさったようだ。」
乱杭歯こそ覗いているが、それはこの男にしては、害意のない穏やかといっていい笑みだった。
この男は犬狗なのだ。
自分の主から遊んでもうこと、自分の主からご褒美を貰うことが、何よりも快楽なのである。
出動以外で屋敷から出ることも許されず、人間の身体からその血を啜ることも禁止された吸血鬼の男が膿むことなくここに存在していられるのは、その貴い女主の存在があるからなのだ。
男はその魔がしい血の色の瞳に愉悦の笑みを作ると、パタンと音を立てて本を閉じ、見えざる尾を振りながら、主と遊ぶべくその私室へと静かに移動するのだった。
「おかえり、お嬢さん。」
女が自分の部屋の扉を開けると、そのソファに寛いでいた吸血鬼の男が、主へと声を掛ける。
「何故、お前が私の部屋に居るんだ。勝手に入るんじゃない、従僕!」
自分の部屋に主のように居座るその緋色のコートを纏った男を見たインテグラは眉間にシワを寄せ、従僕を一喝したが、今はすこぶる機嫌が良いらしく、いつもの渋面にはならなかった。
「さっさと出て行け、吸血鬼。ここは私の部屋だ。お前は、お前の領分へと戻れ!」
そうは言うものの女の言葉には、いつもの刺がない。
その様子から、女の機嫌が良いことを悟った従僕は、その昼色のサングラスの奥で赤い瞳を細め不穏な表情を顔に刻んだのだ。しかし、鍔広の帽子を被り色の濃いサングラスを纏った男のそんな表情を読み取ることは、付き合いが長い女主人でも至難の技。
屋敷の中でただ主の帰りを待ちわびていた吸血鬼に比べ、その当の女は屋敷の外で羽を伸ばし、人生を謳歌してきたらしい。
きっと今、この部屋の扉を開けて私の姿を目に入れるまで、この女は下僕のことなどまるで思い出しもしなかったに違いない――と何やら胸に黒い思いを立ち込めさせる吸血鬼。
女は手に持っていたアタッシュケースを机に置き、そこから書類が入っているらしい封筒や冊子を取り出すと、従僕を無視して片付けにかかった。
女の眼つきは華やいでいて、余程楽しい時間を過ごしたのだろう。
その身体からは、幸福感が漂う雰囲気が醸し出されている。従僕が居なければ、きっと鼻歌でも歌いそうな、そんな気配だった。
そんな主の様子を眺めていた従僕は、無表情な声音で主へ語りかける。
「随分とご機嫌なのだな、インテグラ。何処に行ったのだ?」
自分の従僕が腹に何か潜めている時は、いつもこんな色のない声音になるのを知っていたインテグラだったが、この時は自分の思考に没頭していたようだった。
女は、その質問に顔を上げ、無意識にだろうが口の両端に綺麗な微笑を刷いて応える。
「今日は学会があったんだ。今まで忙しかったから、ここ二年参加してなかったが、今年は運良く参加出来た。ああいった御仁と話をするというのは、本当に楽しいものだな。」
この女は、宗教と魔術への造詣が深く、その両方ともこの国の学会に所属して知識と人脈を得ている。
さては、そのどちらかに参加した訳だなと思った男は、ソファを立ち上がるとあっという間に女の背後に忍び寄り、その整理している冊子や書類を覗き込む。
確かに女が手にしているものは、宗教学の論文と冊子など。聖書神学、純理神学、実証神学に関する比較考察が今、女の手に握られていて、女はそれをパラパラめくり、目を輝かせて読んでいた。
そして、その女の背後に立ったときに、男は自分の主の髪の様子がいつもと違うことに気が付く。
男は手に嵌めていた白のグローブを取ると、直にその手に主の美しいプラチナゴールドの髪を掬い取る。
「ちょっと、何やってるんだ、従僕!勝手に人の髪に触るなッ!!」
男に背後を取られたことに気が付いた女は冊子を机に置くと、振り返り様きつい眼差しでキッと吸血鬼を睨みつけたが、その視線の先に居た巨躯を持つ男は、サングラス越しにも分かるような冷酷な赤い目線で冷ややかにインテグラを見下ろしていた。
「インテグラ、髪が濡れているぞ。」
男は唯一言そう言っただけだったが、その言葉はいつもにも増して人を突き刺すような冷たさに満ちていた。
そんな下僕の冷え冷えとした様子に幾分気圧されながらも、女は「濡れてなどおらん。ちゃんと乾かしてきた。湿っているだけだ。」と低く威厳を持ったまま応える。
「何処に行ったのだ?」男は冷たい声音のまま、先程と同じ質問をする。
女の行き先など、執事から聞いて知っていたのだが、それでも腹黒いこの男はこの女を試していた。
「何処って、場所のことか?会場はナイツブリッジにあるバークレーホテル。最上階にフィットネスクラブとプールがあるホテルだ。今の季節は天井が開いて心地よい日の光と風を楽しみながら泳げるから、息抜きを兼ねて少し泳いできただけだ。プールのあとシャワーだって浴びたし、髪が湿っているくらい当然だろう?!」
女は、仕事をサボってやましい事をしたような気分になり、幾分語気を荒げさせて下僕に言葉を吐く。
日中から私用で出かけ、学会に出て知の探求を満たし、身体もゆったりと水に浮べてロンドンの四季を中心街で満喫したことを、目の前の従僕から責められている様で、女指揮官は言葉を吐きながらも頬を紅潮させてしまっていた。
しかし、その主の頬を染める様子を腹黒い下僕は疑惑の念を持って眺める。
近頃、ちょっとした賭け事に勝ったことを切欠として、自分の主を無理やり女にしてしまったこの男は、それ以降、唯ひたすらこの女の器を磨くことに精力を傾けていたのだ。
その甲斐あってか、最近この女には艶やかと言っていい色香がその肢体に身につきつつある。
今のように頬を染めても、それが健全とした明るい少女じみたものではなく、何処となく男を誘うような艶を持つ姿態へと身体が変化したことに、当の女は気が付いていない。
今までの学者然とした面持ちの女しか知らない男だったら、この艶やかな姿態を持つ女を見て声も掛けたくなるだろう――と、化け物の男は思う。
それは自分の大切なおもちゃをいきなり横合いから掠め取られたような稚気を伴った怒りとも、異形の男が持ちうる執着から来る醜くも恐ろしいものを潜ませた嫉妬とも言える――そんな感情だったのだが、女にはそれを推し量る術がない。
「今日会った男どもに、『雰囲気が変わった』と言われただろう?」
男の意外な質問に、女は「はっ!?」と問い返したが、その後、目を泳がせてから「・・・まあ、そんな事は言われたな。しかし、何で分かるんだ、お前?」と、女は不思議そうに男を見上げる。
その女の不思議そうに見上げる顔を見下ろして、男は更に冷たくした目線で女を見つめる。
「どこぞの教授からは、挨拶としては濃厚すぎる接吻もされただろう?」
「んーーー・・・。そう言われると、これは挨拶としては程度が過ぎるだろうと言うものを二度ほどされたかな?ああ云う挨拶のキスは確かに不快だな。」女はその時のことを思い出して、眉を顰める。
化け物の男は、この女が持つその分野では驚異的ともいえる鈍感さに内心、溶岩が噴出すような腹の底から溢れる怒りを感じながら、更に質問を重ねた。
「ホテルの一室を取ってあるから、そこで一緒に議論の続きをしようとも誘われただろう?」
すると女は目を細め視線をきつくして、自分の髪をひとふさ掬い、それを手に巻きつけている男を睨む。
「お前、私のことを使い魔の蝙蝠かなんかに見張らせていたのか?何でそんなことまで分かるんだ?」
しかし男は女の厳しい目線など全く無視して言葉を募る。
「お前は、その誘いに乗ったのか、お嬢さん?」
男の高飛車な物言いにカチンと来た女は、男が不穏な冷たい空気を発していることに気付いていたが、それでも男を挑発する言葉を吐いてしまった。
「何故、下僕のお前にそんな事を話さなければいけないッ!!お前はただの従僕だ。主の行動の詮索など、余計なお世話だ!!私がどう時間を過ごそうとそれは私の勝手だろうーーッ!!」
すると男は手にしていた女の絹糸のようなプラチナ色の美しい髪を無礼にもぐいっと引っ張る。
そして、嵌めていた昼色のサングラスを優雅に外すと、髪を引っ張られた怒りに悪態をつき始めた主へと、すうっと顔を寄せた。
「強情なお嬢さんには、口で訊いてもしょうがない。躰に訊くのが早いだろう。何、朝まで苛(さいな)めば、口でも言いたくなるだろうがね、我が主。」
そう言った男の顔は、気持ちが悪くなるような残忍で冷酷な美しい笑い。
その瞳からはすでに理性の色が消えている。
それはこの男が制御できない暴力へと身を浸す前触れだった。
男の言った台詞と、その目の色を覗き込んだ女は内心青ざめ、悪態をつく口を閉じて下僕から逃れようと暴れだす。
このままでは、この男から殺戮に等しい暴力的な支配を受けて、死に等しい快楽に身を苛まれるのは明白だった。
暴れる女を半ば引き倒すようにその場に横たえ押さえつけると、男は目に理性がない表情のままに、美しい魔物の笑いを作って女に覆い被さる。
「馬鹿、止めろッ!!お前は、一体何にそんなに怒ってるんだ!!」
男の欲望や感情に鈍感な女は、男の怒りの所以(ゆえん)とその発露が全く理解できないのだ。
あまりにも鈍感すぎるその女の問いに男は更に笑いを深くする。
「何に怒ってるかだと!お前のその濡れた髪にだ、我が主。」
そして、馬乗りになって押さえ込んでいる主の上で緋色の帽子を取り、優雅な仕草で上着を脱ぐとその死人の白い肌を持った引き締まった体つきを露にし、慈悲を請うような優しい偽りの声音で主の耳元にそっと話し掛けるのだった。
「さて、今日バークレーホテルであったことを私に話して聞かせてくれ、我が主。
出動もない、闘争もない、お前の領土から出ることも許されない。そんな下僕の私は、今日はお前の居ないこの屋敷で、暇を持て余していたんだ。そんな哀れな従僕に、お前の身体を与えて今日あった愉しかったことを話して聞かせてくれ、インテグラ。」
声は慈悲を請うような優しいものなのに、 顔には冷酷で残忍な笑いを浮べ、暴力に満ちた気配で語られるその言葉に、主の女は自分が髪をちゃんと乾かして帰ってこなかったことを激しく後悔する。
バークレーホテルの最上階で水に浮かび、ロンドンの四季の移ろいを感じる誘惑に負けてしまった女に待ち受けていたのは、屋敷の中で飼いならす捕われの化け物の嫉妬だった。
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