企画部屋に試験的に置いておりましたflashは、先日下げさせていただきました。
あれですねぇ・・・7~8年前のXPだとかなりキツキツで動く感じでした(WIN2000proだと、そりゃもう涙)
サクサク動くように、2回ほど修正入れましたが作業側ではある程度で限界に達するのがわかりました。動画関連って、やっぱりパソのスペックって重要だなぁ~と実感。
いきなり変なものを貼ったうえ、某Tさまからは「ちゃんと見えてますよ~」教えていただき、感謝の極みでございます。
どうもありがとうございます。
実はflashに貼った中二病的言葉は、ワタクシのオリジナルではなく、某TV番組「100分 de 名著」でも最近やっている、仏陀の『真理のことば』から引用したものであります。
ちょっとアレンジはしているんですが、生きることは苦しみそのものだ――と語った仏陀の言葉は、『ああ、そうなんだよね。本当にそうだよね・・・』と、時を超えても理解できるものであり、古来から人が抱える苦悩は変わることなく巡っているのだと・・・胸が締め付けられます。
人々は多いが彼岸に到るものは少ない。多くの人々は彼岸の岸に彷徨っているだけでなのだ。
真理が正しく説かれたときに、真理を見通す人々は、まったく死の領域を超えて彼岸に至るであろう。
死人の身体を持って生者の世界を彷徨う死の領域から出ることができない吸血鬼は、人であることを止めてしまったその段階で、真理を見通すことが不可能になってしまったのだろうと思うのです。
己の力だけでは彼岸へ到る道が見いだせないものに成り果ててしまったのだなぁ・・・・・・と。
「一切皆苦」=すべての存在は不完全であり、不満足なものである
「諦め」を知らぬヴラド公は、当然「一切皆苦」を得ることができず、苦しみを受け入れて流すことが出来なかった。(「許容」と「諦め」の境界がない、大変に純で冷徹なお方だったのかもしれません・・・)
それを悟り受け流すことと「諦め」は違うものであるのに、「強さ」だけが世の理由(ことわり)であった小国の領主様は、心の平安はついぞ得られず、苦悩・苦悶をそのまま飲み込んで化け物に成り果てた。
あの「伯爵」だった男は、彼岸の淵を果てなく漂い続けるものだからこそ、「人に滅ぼしてもらう」ことをあれほど強く願い、そして夢見る、そんな存在。
ワタクシの中ではそんな解釈なのであります。
旦那はワタクシにとって「メメントモリ」と言うより、やはり「彼岸を焦がれる、彼岸の淵を彷徨う」それこそ誰にも見せない奥底で『倒彼岸』を請う、そんなもんなんだろうなぁ・・・と。(死にたがりのM男君ですなw)
ここら辺、東洋的思想が根底にあるので、どうにもそう言う解釈であります。
旦那はまさしく「神は死んだ」の具現であり、西洋の宗教的思想では救いを得られない、ニーチェの「ツァラトストゥラ」に出てくる、『超人』を模索している者に見えるのであります。(嬉々として悦楽(暴力)に酔うのは魔物の享楽的な資質だけじゃないものに見えます。旦那は基本「上機嫌」がモットーと言うか・・・w)
そんなものに懐かれ、きっと引導を渡すことを迫られるであろうご主人様を考えると、まぁ・・・色々と偏った感じで妄想せずにはいられない―――それが、拙宅の彼岸なのです。(だから何なのだとww)
毎度の如く、かなり・・・ものすごく偏った思想で旦那とお嬢を捉えている妄想なので、あまり馴染めない・・・あるいは「こいつ、何言ってるの?!」な変なもの(?)しかないのですが、当初の予定通り「彼岸の入り」から企画は始動いたします。
気が向いた方は、しばしの間お付き合いくださいませ。(そんな題材を使って妄想書いてるのに、エロが入るってどーーいうことよっ!?穴があったら入りたいわっ・・・と、そんな感じですw)
さて・・・大まかな準備は整ったので、あとは仕事の隙間をぬって企画始動であります。
・・・いや、やっぱもう一度校正は必要だよなww
自分に鞭打って、ガンバリマッスルvv
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