旦那が最初に信仰していた「東方正教会」と、ビザンチンが本山の「正教会」って違うの??と、都度都度、色んなものを読んだり見たりしてますが、今だ違いがわかりません(笑)
と云うか、『東方をつけるかつけないかだけの違いで、結局同じだろう、正教は?』と云う感じですが、今のところ。
イスタンブールにある、コンスタンティノーポリ総主教座との一致にあるか、ないか。
その程度の区分しか、正教って分けようがないよな・・・と最近思っているので、区分けをそれと割り切ると、自ずと『何故、旦那が正教からカトリックに移ったか?』が考察できるよな・・・と、近頃思ったり。
最近ノートにそんな考察をガシガシ書いてみてますが、そうなるともうそれは『旦那』と呼ぶ以前に、『伯爵、もしくは人であった頃の伯爵』にしか使えない妄想のタネにしかならず、ここにそんな『何故、彼は改宗したか』というものを、素人の考察として載せても需要ゼロだろ〜〜と。(笑)
何か無駄なことやってるよねぇ・・・と、薄ら笑いをした本日。
というか、改宗の第一義は、「生きるため」しかないですよね、彼の場合。
晩年の軟禁状態で囚われの身の待遇で、どう処世するかを考えれば、やはり改宗だろう〜という結論になりますが、彼のある意味「純粋」と称していい信仰と(それが狂信にも繋がるんでしょうが)、他者を許容できない寛容のなさ、他宗教のものとの共存を頑として拒む姿勢は、やはりカトリック向きなのだと思うのです。
(ヴァルナの戦いを『最終十字軍遠征』と位置づけると、旦那の父はそれこそ『最後の十字軍の騎士』となるので、改宗は当然と言えば当然の流れ?)
カトリックと正教の相違をピックアップしていく作業を、
・シナイ半島の歴史やビザンチン帝国の繁栄と滅亡の歴史
・西欧とバチカンの関係と十字軍の遠征+イスラームとの対立の歴史
を下地に考えると、彼が改宗に至ったそれぞれの宗派の特徴が、意外と面白く見えるものだな〜〜と感じます。
(ビザンチン皇帝が発したイコン禁止も含む『偶像破壊運動』以降、ビザンチンへの納税をカトリックが拒否した辺りにも、キリスト教の東西の決別が出ていて面白いですし)
正教会の修道士は十字軍のことを現在でも、「キリスト教の教えを悪用した集団」と批評しています。
異教徒と共存していた和平状態を破壊して混乱させ、ビザンチン帝国を滅亡させた元凶は、「バチカンが支援した十字軍のせい」と、考える正教修道士は現在も居るようです。
(その辺りが、ギリシャ・アトスの正教修道院群が誕生した要因でもありますし)
カトリックの赤の帽子は『殉教』を 正教の黒の帽子は『従順』を
この二つがそれぞれ象徴するものの差異が、伯爵の改宗に繋がっていると、最近考える妄想オタであります・・・(お嬢妄想も書かずに、ダラダラ〜〜とそんなことばかり考えてるしw)
さて、本日は買っておいたモエ・エ・シャンドンのオーストラリア版、シャンドンの「green point」(これだと『シャンパン』じゃなく、『スパークリング・ワイン』ですけどね・・・)を冷やしたので、晩酌用に岩牡蠣買ってきて剥く作業をしよう♪
▲モエのスパークリング、green point これを冷蔵庫へ♪
(ああっーーーー牡蠣とブリュットなシャンパンを愛するお嬢と、冷遇される憮然とした犬っうのも、よさげな感じですね!!・・・それ、どんな妄想やw)
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