冲方丁の「マルドゥック・スクランブル」が映画化になるせいか、文庫も今回「完全版」なるものが出ます。
いや・・・文庫3冊をハード1冊にまとめたやつは出てましたが、「ハードカバーって場所取るし~」と躊躇していたところ、それを完全版として文庫でまた出すってw
何回買わせる気なんだっ!!とむかっ腹立てながら、昨夜ポチッた管理人。
酷い商売だよな・・・とちょっと思ったわけであります。
以下、ちょっとマルドゥック語り。若干ネタばらし加減かもしれませんのでスクロール~
この話を読むと、「人殺しが趣味」「人を食うのが趣味」「死体が好きなんじゃなく、人のそのパーツ、オンリーが好き」と色々なヒィハァな感じの面々が出てきます。
世には静寂な死体が好き――と人もいる訳ですが、人間のその部品が好きというのもあったりするんだろうな~と。
(極端に言えば、女陰だけが好きで、そこを切り取って自分の身体に移植していつでも愛でられるようにする・・・とか)
単に「フェチ」と言う言葉では片付けられない、存在のありようを支えるに等しい個々が抱く偏質な思いというのが、実はそれぞれに大なり小なり隠されていて、それを極端な形で出したのがこの話であるように思えます。
それは他者と自分の境界にも似ていますが、それは「違う」から「戦う」という、少佐の根底にあるものにも、ちょっと繋がるのでは?と、想像したり・・・
死体を従僕とする人間の女が、「生きていないもの」を懐に深く住まわせる苦悩と背徳と、そこにあるかもしれない愉悦。そんなものを正月から書きたいな~と狼少年のようにほざいている管理人には、なかなかにこれは面白い本でありました(とは言っても読んだのは数年前ですが)
原作は血みどろ血まみれの、ハァハァしながら人を切り刻むのが大好きな方たちが一杯出てくるハードなSFなんですが・・・あれを映画でやるんかいな?!と言う気もします。
少女と犯ったり、その娘を焼いたり・・・斬ったり刻んだり、血がどばっーーだったり。結構激しいんですが、確かに世界観は面白い。虚脱・死・再生(第二部のヴェロシティでは「自我の放棄」とかも)SF的な背景で綴ってあって、独特な文体に馴染めれば、ヘルスキーの方だったら読めると思われます。
(人体分解な「パーツ愛好」嗜好が苦手な方には向きませんが・・・)
しかし、どーーなんだろ・・・流血部分をカットするのかな?それともR指定でやる?会社はゴンゾのままで進んだのか?
ハァハァしながら人殺しする方の一人が、「あな語」の方でいらっしゃるようで、喜んでぶった切る辺りは、「神父さままんまじゃねぇか?!」とかは思うのですが・・・正直、ちょっと気になりますが調べてません。
だって多分こっちのスクリーンではやらないから(笑)DVD観る時に、そこら辺は確認いたします・・・
さて、今月は「十三人の刺客」も「大奥」も観たし。あとは「桜田門外ノ変」だ。
今年も色々とスクリーンで観ている気がしますが、「スクリーンで見てよかったべ~♪」っうのは、今のところ、ホームズとインセプションくらい・・・
大画面でこその面白さがある邦画には、なかなか当りません(それはアタシの感性の問題だか・・・)
さて~~今日も練習から帰ったら、アホ話の続きの作業頑張りますよ~!
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