長じれば、華
珍しくいつもより早起きした吸血鬼は、珍しいことに制服を着たままの女主人に執務室で対面した。
早起きは三文の徳というが、たまに早起きすると面白いものが見られるものだ――と、吸血鬼は「おはよう、インテグラ」と挨拶をすると、ソファで上がってきたばかりの書類に目を通している、まだ幼い自分の主を眺めた。
ソファにちょこんと座って、まだ色気に乏しい細い足を組んで座っている少女は、濃紺にグリーンと青のチェックが入ったスカートを穿いていた。
古い感覚の男から見れば、それは『こんなに足を見せていいものなのか?!』と思える短いスカート丈。
ソファに座った少女は、膝下まであるこれも濃紺のハイソックスを穿いてはいたが、太腿の半分を覗かせて座っているのだった。
実は吸血鬼の男は、その肌を大層気に入っているのだ。
いつかは手のひらでそれを撫で回し、存分に味わいたいと思っているのだ。
だが、艶やかな蜂蜜色した太腿が半分も晒されているのを、歳経た吸血鬼は少し怪訝な面持ちで眺める。
――しかしだ・・・・・・女の足と言えば、男に劣情を抱かせるものとして、無用な欲望の発露を避けるため、できるだけ足首まで隠すものだと思っていたのだが
今時の服飾にまるで無知な男は、そう思ったのだったが、やはりそんな思いよりも、魔物の抱える欲望に忠実だった。
――まぁ、ここでこうやって晒される分には問題ない。見ているのは、私とウォルターだけなのだから。
従僕はそう思い直すと、その艶やかな肌を目を細めて眺めるために、鷹揚に主人の向かいのソファへと座ったのだった。
少し女の気配を滲ませているが、やはり少女の足はまだ細く、色香が乏しい。
しかし、これからが一番楽しみな時期だろう、この少女は。
身体がまろみを帯び、胸と腰と太腿の肉付きを良くしていくだろう過程で、女と少女の狭間に立つ特有の危うい色香が備わってくるものだ。
少女の清廉さと、大人の女の芳醇さ。その二つを湛えはじめたら、食べごろなのだ。
誰か他の・・・・・・そう、人間の男がその美しさに惹かれて手をつける前に、それを頂くのは己であらねばならん――と、吸血鬼は血液パックにストローを差し込んでチューチュー吸いながら、そんな厭な計画を練っていた。
何と言っても、その肌の色がとても美しいのだ。
己は白蝋色した死人の肌だし、昔従えていた女吸血鬼もそんなものだった。確かに褐色の肌の女も配下にいたが、これほど艶やかな美しい色合いをした肌はそうそうない。なかなかお目にかかれない。
そして、その肌の質感も、見た目にはまるで艶やかな東洋のシルクのようだ――と男は思う。
きめ細やかで、あでやかなまでに艶を放つ肌は、きっと触れば滑らかなはずだ。そしてその肌は尚且つ温かい。そう、死人の身体を温めてくれるに丁度いい温かさだ。
男はそんなことを考えて、少女を見ながらチューチューと血液を啜る。
すると味気ない血液パックが、女主人によって豊穣の味を思わせる錯覚を生むのだ。
そう。実際に少女の肌からは、芳しい血潮の香りと鼓動が放たれ、それが歳経た吸血鬼の耳と鼻を弄り、脳髄を恍惚と酔わせる。
あぁ、これはいい女だ。
私はとてもいい主人を手に入れた。こんなに愉しめそうな女は居るものではない。
いつかはその服を剥ぎ、月の光の下では黄金色に輝いて見える肌を全て露にし、その隅々を余すことなく――手と舌と唇と、この冷たい躰の全部で味わい尽くさねばならん。
目の前に座る吸血鬼が秀麗過ぎる顔の奥底で、禍々しくてやましい淫らな計画を練っているとは気がつかず、少女は足を組みなおしてその書類を真剣に読んでいる。
男はストローを咥えていた口の端をキュッと持ち上げて目を細くしながら、幼い女主人を粘度を持った赤い瞳で見つめてチューチューと食事をする。
こんな少女の姿が見られるのなら早起きも悪くはないと、アーカードは細く微笑したのだった。
「ねぇ、アーカード。お前って昔から、食事は日に一度だったの?」
書類から顔を上げ、執事からお茶を準備してもらった少女は、そのカップのフチに愛らしい唇をつけてから、ほっと一息つくと、目の前でチューチューとちょっと気色の悪い食事をしている従僕にそう訊いた。
すると吸血鬼はお前は馬鹿か?とでも云うように、鼻をふんっと鳴らす。
「人間でもあるまいし。私は吸血鬼だぞ、我が主。私が襲うのは人間だ。いつも上手く狩れるとは限らんものだ。そんな風に人をエサとする魔物は、定期的に定時に食事などせぬ。狩った時に食いだめし、狩れない時は飢えを我慢するだけだ。」
その話を聞いた化け物を殲滅する機関の幼い機関長は、さも厭そうな顔をした。
そんな嫌悪の表情を見て化け物は、さらに少女をからかう。
「家畜のように人を屋敷に飼って、定時になったらそれを食すということが出来れば別だがな。なかなかそうも行くまい。だから今は、私はヘルシング家での務めに合わせて食事をしているという訳だ。」
「それは働く前の腹ごなしみたいな、そんなタイミング?」
すると男はまぁそんなもんだと言って、新しい血液パックにストローを刺した。
「でも、起き抜けに一回の食事で間に合うの?」
何故かその質問に食い下がる少女に男は冷たく笑って見せた。
「ああ、十分だ。それなりに満足する量が与えられているし、夜、出動があれば屠った同胞の血を啜る事もできる。特段不足は感じぬな。」
基本、私はいつでも飢えているのだ。どれだけ飲んでも満たされないし、どれほどの量であろうともこの身体には入るのだ。
激しい飢餓は満たされることは無いが、今はこれはこれで愉しいものだ。お前のような面白い主人がいれば、それで十分楽しめる・・・・・・
男はそう考えながら口の両端をニィっと引いて、あまり性質の良くない笑いを作った。
それを見ていた老執事は、目の端に鋭い光を浮かべたが、何も言わずに吸血鬼の前に塞がるように立って、インテグラへとお替りの紅茶を注いだのだった。
するとウォルターは少女の前に置かれたままになっている皿へと視線を注ぎ、そのままその視線を咎めるようなものに変えて少女に向けたのだった。
「お嬢さま!またお残しになっておりますな。育ち盛りのお嬢さまが、食事の量も少なく、尚且つ午後のスコーンも召し上がらないでは、大きくなれませんぞ。それでは体力が持ちません。」
少女は、はぁ~~~っと溜息をついた。
「だってウォルター。女の子はほっそりとした華奢な風情なほうが貴婦人らしいって。学校でも皆そういうのよ。ガッチリとした体型の、厳つい女は、とても優美なイングランド婦人じゃないもの。私も日に1回の食事で済めばいいのに・・・・・・」
少女の向かいでそれを聴いた吸血鬼は器用に片眉を跳ね上げる。
そう言うことなのか。
この少女は自分の体型を気にして、『日に一度の食事』を尋ねたのだ。
しかし今でも痩せ気味だというのに、これ以上痩せてどうしようというのだろう?今時の少女の思考と言うのはわからぬ。
なかなか身体が成長しない、細いままの少女では困るのだ。
大人の女の持つ芳しい色香を次第に身につけていく、そんな麗しい主人へと成長して欲しいのに、これではいかんだろう?!それに抱いて撫で回したときに、ゴツゴツとした骨ばった姿態では全く楽しめぬではないか!その上、無理な食事制限でせっかくの艶やかな肌が萎んでしまったらどうするっ!
吸血鬼はストローから口を離すと、唇の端についた血の玉をペロリと舐め上げた。
そして寄りかかっていた椅子の背からおもむろに身体を起こすと、目の前の少女を見据えたのだった。
「我が主。私を従えるヘルシングの当主は、私を従えるに相応しい人間でなくばならない。麗しいイングランド婦人であることも重要だが、それ以前にもっと大切な事があるのだ。
よく兵法を学び、指揮者の心得を学び、心身を鍛え、敵地でも最後まで戦いぬける体力を養わねばならぬ。太った身体など剣を振るう指揮者には論外の醜さだが、まずはよく食べて身体を鍛え上げる事が必要であろう、我が主。
最上の戦略を練って指揮を振るい、兵士を鼓舞するためには、力を惜しまぬ――それが一軍の指揮官だ。まずはそんな考えは捨てることだな、お嬢さん。私は戦場で音を上げる体力しか持たぬ主人など、主人とは認めぬぞ。」
赤い目を煌々とさせて、パンパンに膨れ上がった下心を押し隠し、そうしゃあしゃあと意見する吸血鬼の顔を見ていた少女は、表情(おもて)を引き締まったものに変える。
「そうね。確かにそうだわ、アーカード。私の考えが愚かだったわ・・・・・・」
インテグラは、そう素直に従僕の言うことに頷いた。
そして、ちょっと遠慮がちにスコーンに手を伸ばすと、それに庭で採れたアプリコットのジャムを塗り、美味しそうに頬張るのだった。
――あの時は、ちょっと言い過ぎたのだろうか。
よく食べ、よく寝て、熱心に剣の稽古をする少女は、麗しいイングランド婦人とは全く正反対の女へと成長してしまった。
飲むし、食べるし、よく吸うし。
そんじょそこらの軍の上層部の男共も、顔色を変えて道を譲るような豪傑になってしまったのだ。
こんなに立派に「主人らしく」成長したしまったインテグラは、私以外のどの男が相手になると云うのだ――と、やはり今だその艶やかな肌を愛でる吸血鬼は、少し苦笑しながらその夜も女主人の命令に深々と頭を垂れるのだった。
おわり
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お嬢をあんなに逞しく育ててくれたのは、もちろん旦那ですから(笑)
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